認知症の親の不動産売却で困っていませんか 親名義の物件を売る際の手順と注意点を紹介
親御様が認知症を患われた際、不動産の売却をご検討されている方も多いことでしょう。しかし、認知症の進行によっては思い通りに売却できない場合があります。法律上の制約や手続きの複雑さが生じやすく、適切な準備や知識が欠かせません。この記事では、認知症の親御様の不動産を売却する際に生じる主な課題と、その対策について、分かりやすく解説します。

認知症の親が所有する不動産を売却する際、本人の判断能力が低下している場合、通常の売却手続きが困難となります。こうした状況で有効なのが「成年後見制度」です。この制度を利用することで、法的に適切な手続きを経て不動産の売却が可能となります。
成年後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」の二つがあります。
法定後見制度は、本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所が後見人を選任する制度です。後見人は、本人の財産管理や契約行為を代理で行います。手続きとしては、家庭裁判所への申立てが必要で、審理期間は通常4か月程度とされています。費用面では、申立手数料や登記費用、鑑定料などが発生し、総額で10万円から20万円程度が一般的です。後見人への報酬は、家庭裁判所が決定し、月額2万円から6万円程度が相場とされています。
一方、任意後見制度は、本人が判断能力を有しているうちに、将来の後見人を自ら選び、契約を結ぶ制度です。契約は公正証書で行われ、本人の判断能力が低下した際に効力を発揮します。手続きとしては、公証役場での契約締結が必要で、費用は公正証書作成手数料や登記手数料など、総額で約15万円から20万円程度が一般的です。任意後見人への報酬は、契約時に定められ、月額3万円から6万円程度が相場とされています。また、任意後見制度では、家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、その報酬も月額5,000円から2万円程度が目安とされています。
以下に、法定後見制度と任意後見制度の主な違いを表にまとめました。
項目 | 法定後見制度 | 任意後見制度 |
---|---|---|
開始時期 | 本人の判断能力低下後 | 本人が判断能力を有している間に契約 |
後見人の選任 | 家庭裁判所が選任 | 本人が自ら選任 |
手続き費用 | 10万円~20万円程度 | 15万円~20万円程度 |
後見人報酬 | 月額2万円~6万円程度 | 月額3万円~6万円程度 |
監督人報酬 | 必要に応じて選任、月額5,000円~2万円程度 | 必ず選任、月額5,000円~2万円程度 |
成年後見制度を利用することで、認知症の親の不動産売却が法的に適切に行えます。ただし、手続きには時間と費用がかかるため、早めの準備と専門家への相談が重要です。
家族信託と生前贈与による事前対策
認知症の親が不動産を所有している場合、将来的な売却や管理に備えて、事前の対策が重要です。ここでは、家族信託と生前贈与という二つの方法について、その仕組みやメリット、注意点を解説します。
まず、家族信託について説明します。家族信託とは、親(委託者)が自らの財産を信頼できる家族(受託者)に託し、特定の目的に沿って管理・運用・処分を行う制度です。これにより、親が認知症を発症して判断能力が低下した場合でも、受託者が不動産の売却や管理をスムーズに行うことが可能となります。家族信託の主なメリットは以下の通りです。
- 親の判断能力が低下しても、不動産の管理や売却が可能となる。
- 成年後見制度と比較して、手続きが柔軟で迅速に行える。
- 信託契約の内容を自由に設計でき、家族の状況に応じた対応が可能。
次に、生前贈与について説明します。生前贈与とは、親が生存中に自らの財産を子や孫などに無償で譲渡することを指します。これにより、相続時の財産を減少させ、相続税の軽減を図ることができます。生前贈与の主な方法と税務上の注意点は以下の通りです。
方法 | 概要 | 税務上の注意点 |
---|---|---|
暦年贈与 | 毎年110万円までの贈与は非課税となる。 | 年間110万円を超える部分には贈与税が課税される。 相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算される。 |
相続時精算課税制度 | 60歳以上の親から18歳以上の子への贈与で、累計2,500万円まで非課税となる。 | 贈与時には非課税だが、相続時に相続財産として計算される。 一度選択すると暦年贈与には戻れない。 |
生前贈与を行う際には、以下の点に注意が必要です。
- 贈与契約書を作成し、贈与の事実を明確にする。
(贈与契約書の作成は、税務調査時の証拠となります。) - 贈与の履行は銀行振込など記録が残る方法で行う。
(現金手渡しは、贈与の証拠が残りにくく、税務署から否認される可能性があります。) - 相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算されるため、計画的に行う。
(2024年の税制改正により、相続開始前3年から7年に延長されました。)
これらの事前対策を行う際には、専門家への相談が重要です。家族信託や生前贈与は、法的・税務的な知識が求められるため、弁護士や税理士などの専門家と連携し、適切な手続きを進めることが望ましいです。専門家のアドバイスを受けることで、家族の状況や希望に応じた最適な対策を講じることができます。
不動産売却時のトラブルとその回避策
認知症の親が所有する不動産を売却する際、さまざまなトラブルが発生する可能性があります。ここでは、具体的な事例とその回避策について解説します。
まず、よくあるトラブル事例を以下に示します。
トラブル事例 | 内容 | 発生原因 |
---|---|---|
周囲に許可を取らずに売却 | 家族や親戚の同意を得ずに不動産を売却し、後に所有権を巡る争いが発生する。 | 家族間のコミュニケーション不足や法的手続きの無視。 |
認知症を伏せて売却 | 親が認知症であることを隠して売却手続きを進め、後に契約無効を主張される。 | 意思能力の欠如を認識しながら手続きを進めたことによる法的問題。 |
介護費用として認められない | 不動産売却益を介護費用に充てようとしたが、家族全員の同意が得られずトラブルに発展。 | 家族間での事前の合意形成の不足。 |
これらのトラブルを避けるためには、以下の回避策が有効です。
1. 家族間での十分な話し合い
不動産の売却や管理について、家族全員で事前に話し合い、合意を形成することが重要です。これにより、後の誤解や争いを防ぐことができます。
2. 家族信託の活用
家族信託を利用することで、親が認知症になった後でも、信頼できる家族が不動産の管理や売却を行うことが可能となります。これにより、資産の凍結を防ぎ、柔軟な対応が可能となります。
3. 生前贈与の検討
親が健在なうちに不動産を生前贈与することで、認知症発症後の売却手続きの複雑さを回避できます。ただし、税務上の注意点もあるため、専門家と相談しながら進めることが望ましいです。
これらの対策を講じることで、認知症の親の不動産売却に伴うトラブルを未然に防ぐことができます。家族全員で協力し、適切な手続きを進めることが大切です。
まとめ
認知症の親御様の不動産売却には、法的な制約や手続きが複雑に絡み合います。本記事では、成年後見制度の利用や家族信託・生前贈与といった事前対策の重要性、実際の売却時に起こりがちなトラブルとその回避法についてご説明しました。大切な財産を守るためには、早めの準備と適切な制度の活用が不可欠です。専門家への相談を通して、ご家族の安心と円滑な売却につなげていただきたいと思います。
山田 拓馬 (ヤマダ タクマ)
保有資格
- 宅地建物取引士
- 賃貸不動産経営管理士
- 不動産終活士
- ガーデンデザイナー
不動産業界で20年以上のキャリアを積み、これまでに1,000件以上の売買、賃貸契約に携わる。分かりやすい説明、少しでもプラスになる提案、を常に心掛けている。また、近年問題視されている管理が劣悪な空き地・空き家、所有者不明不動産等の解決に少しでも貢献するべく、日々奮闘中。趣味はギター演奏、ガーデニング、観葉植物栽培、料理。